地下世界への扉 マンホール蓋の魅力
- 三石麻友美
- 2024年7月20日
- 読了時間: 6分
まちを歩くといろいろなデザインが施されたマンホール蓋が目に入ります.自治体の魅力をデザインしたマンホール蓋はどれも個性的.関連する書籍も多く,ご当地マンホールの面白さも加わって人気はうなぎ上りです.自治体で配布されるマンホールカードのキャッチコピーは,「日本のマンホール蓋は世界に誇れる文化物!」.意匠を凝らしたマンホール蓋は私たちのこころを捉えて離しません.まち歩きシリーズ,今回はマンホール蓋の魅力に注目します.
地上と地下世界をつなぐ扉
地下には上下水道,ガス,電気,通信の管や下水道施設が埋設され,私たちの日常を見えないところで支えています.こうした管路を維持するためには管の清掃や機器の点検,補修の作業が欠かせません.マンホールは地下に設けられた管や下水道施設を清掃,点検,補修するため,人や機械が出入りする通路のこと.綴りは「Manhole」,古くは「人孔」と訳されていました.そして,マンホールに人や物が落ちないよう防止しているのがマンホールの蓋です.
蓋には地下に埋設されている管の種類が表記され,誰が見ても一目瞭然です.消火栓,止水栓などの表記は上水道で,マンホールの蓋を開けて手や器具で作業するので人は出入りしません.一方,下水道のマンホールの蓋には雨水,おすい,合流などの表記があり,これは下水道の処理方式を表しています.下水道の処理方式は合流式と分流式の2種類で,合流式は雨水と汚水を同一の下水道管で処理し,分流式は雨水と汚水を別々の下水道管で処理します.雨水は河川へ放流,汚水は下水処理場で処理されます.今は分流式が中心のようですが,合流式の場合は蓋に“合流”と記されています.
地下に張り巡らされた多くの管路が私たちの日常を支えている……,そう考えると,埋設された管路や下水道施設は縁の下の力持ち,地上と地下世界をつなぐ入口がマンホール,蓋は地下世界への扉といったところでしょうか.
安全対策されたマンホール蓋
マンホールは円筒型で標準サイズは直径90cm,蓋は直径60cmで,重さは軽量化が進み40キロ前後です.円形の形状は蓋が穴の中に落ちないようにするため.中でも,下水道用のマンホール蓋は材質や形状など規格統一され,蓋の素材は鋳鉄製と鉄筋コンクリート製で,道路は鋳鉄製が使用されています.トラックなど重量の重い車両が通過してもガタつかず,割れることなく,耐久性のあるものになっています.また,マンホール内部には中の空気圧や水圧で蓋が飛散しないようロックがついていて,地下に埋設された下水道が大雨の時などに氾濫することのないよう,内側から防いでいます.
蓋の模様は滑り止めの役割を果たし,凸凹の差は約6mmで滑りにくく,躓きにくい差になっています.日本は集中豪雨や台風,地震といった災害が起きやすく,そうした風土や気候を考慮し,浮上・飛散防止,スリップ防止,腐食防止,不法投棄・侵入防止といった観点から,その長い歴史の中でより強度に,より安全に改良が加えられてきました.雨の日,マンホール蓋の上をスリップすることなく走行できているのは,こうした安全対策がされているから.道路と一体化して雨風に晒され,車両や徒歩で踏まれ続けている蓋は,地上でも,地下でも,何とも健気に日々の安全を守っています.
直径60cm,小さな丸い世界の芸術
日本の下水道整備は明治期から本格化しましたが,意匠を凝らしたマンホールはいつ頃から広がったのでしょう.発祥とされるのは沖縄県.1975年に沖縄海洋博のシンボルデザインをモチーフにした蓋が作られ,それを受けて1977年,下水道普及に向け小魚を配したデザインマンホールを作ったことが始まりと言われています.その後1980年代に入り,下水道のイメージアップと市民の理解を深めるため,当時の建設省(現・国土交通省)が各自治体へ独自のデザインマンホールを提唱したことから,蓋のデザイン化が進みます.
蓋には各自治体の花や樹木,伝統芸能,産業,歴史的建造物など,実に多様で工夫を凝らした模様が描かれています.私たちに馴染み深い桜や富士山はいろいろな自治体のマンホール蓋に登場し,雲海に浮かぶ富士山や河口湖に映る逆さ富士などその芸術性に魅了されます.中には,よく観察しないと発見できない隠れた絵柄の入った蓋もあるほど.わずか直径60cmの小さな世界に施された意匠の数々.もはや路上のアートといっても過言ではありません.
最近では東京都葛飾区のこち亀キャラクター,境港市のゲゲゲの鬼太郎の妖怪たちなど,ご当地ならではのキャラクターが描かれたユニークな蓋も増え,まちのPRに一役買っています.地域の魅力を発信すべく,マンホール蓋にかける自治体の熱意,侮ることなかれです.
下を向いて歩こう!
ここで,我がさいたま市のマンホール蓋を見てみましょう.幾何学模様や旧市時代の蓋,合併後の蓋など道路上にはいろいろな時代の,さまざまな模様のマンホール蓋があふれています.それは,さながら路上の博物館のよう.
まず,さいたま市の蓋のデザインは市の木ケヤキ,市の花サクラソウ,市の花木サクラが施され,中央には市のロゴマークがデザインされています(写真①②).さいたま市は2001年に3市が合併し,ケヤキは旧大宮の市の木,サクラソウは旧浦和の市の花,サクラは旧与野の市の花だったので,合併後の蓋と分かります.旧市時代の蓋は,盆栽の街ならではの旧大宮市(写真③),サクラソウが描かれた旧浦和市(写真④⑤),サクラと鴻沼川の鯉が描かれた旧与野市(写真⑥),岩槻城址公園を中心とした旧岩槻市の蓋があり,これらのカラーマンホールを見つけると気持ちが一段上がります(写真⑦).

他にも,デザインマンホールが広がる前の亀甲文や花などパターン化された模様(写真⑧),東京市型と言われる明治後期に考案された模様もあります(写真⑨).蓋の模様でいつの時代からそこにあるのか,下水道整備の歴史を探れるのも面白いところ.また,内側と外側の蓋が二重になったマンホールもよく見かけます(写真⑩).大きな蓋の下には機器類が入っていることが多く,その搬入・搬出口として使われます.小さな蓋は人の出入りのためのもので,大きな蓋を開けて出入りする負担を考え分けられていて,親子蓋の組み合わせもいろいろです.

多くの人が通り過ぎる道路上で時代を越え,さまざまなデザインでコラボする蓋たち.かの有名なイタリアの真実の口も古代ローマの下水溝マンホールの蓋だったとか.古い時代の蓋を探したり,デザインを見つけたり,地下世界に思いを馳せたり……,博物館に行かずとも,日常の延長線上で芸術作品を楽しめるなんて素敵だと思いませんか.ふと足を止め,足元にある地下世界の扉に注目し,路上の芸術を鑑賞してみてはいかがでしょう. (記 三石麻友美)
参考文献
林丈二著:マンホールのふた 日本編;サイエンティスト社,1984年
中川幸男監修:マンホールの博物誌;ダイヤモンド社,2005年
垣下嘉徳著:路上の芸術 復刻版;ホビージャパン,2015年
石井英俊著:マンホール 意匠があらわす日本の文化と歴史;ミネルヴァ書房,2015年
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